大判例

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福岡高等裁判所 平成4年(ツ)14号 判決 1992年7月07日

主文

本件各上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人永仮正弘の上告理由について

抵当権者に対抗することができない農地の賃貸借であつても、実質的にはあたかも右賃貸借が抵当権者に対抗することができるのと同様の状態をもたらし、その結果、抵当権者に損害が及ぶときに限り、抵当権者は、民法三九五条但書を準用してかかる賃貸借の解除を請求できるものと解するのが相当であり(最高裁昭和六一年(オ)第八五七号同六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号九三頁参照)、このように解したからといつて農地の利用権を農地法の立法趣旨に抵触する程度にまで制約することとなるものではない。そして、原審の適法に確定した事実関係の下では、上告人ら間の賃貸借契約は、被上告人の有する根抵当権設定登記後のいわゆる長期賃貸借であつて、根抵当権者である被上告人に対抗できないものではあるが、根抵当権の実行としての競売手続に際し、農業委員会が賃借人(小作人)又はその同意する者以外に買受適格証明書を交付しない取扱いをしていることから、買受申出人が限定されるため、実質的にはあたかも右賃貸借が抵当権者に対抗することができるのと同様の状態をもたらしているとした原審の判断は、正当として是認することができる(なお、本件は、所轄農業委員会が買受適格証明書を交付する相手方として賃借人(小作人)のほかその同意する者を含む点において、前記最高裁判決と事案を異にするが、この場合においても買受申出人が極めて限定され競争入札が実質的に制約されることは見易い道理であつて、右判決の判示するところが妥当することに変わりはない。)。

また、民法三九五条但書にいう「賃貸借カ抵当権者ニ損害ヲ及ホス」とは、賃貸借の存在によつて抵当不動産の価額が減少し、そのために抵当権者が十分な弁済を受けることができなくなることをいうところ、もともと賃貸借が存在しないとしても抵当権者が被担保債権全額の満足を受けることができない場合であつても、賃貸借の存在により満足を受ける債権額が更に減少するときも、これにあたると解するのが相当であるから、原審の適法に確定した事実関係の下において、上告人ら間の賃貸借契約が根抵当権者である被上告人に損害を及ぼすとした原審の判断も、正当として是認することができる。

原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 柴田和夫 裁判官 山口幸雄)

【上告理由】

別紙 上告理由書

上告理由

第一 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背があり破棄されるべきである。

即ち民法三九五条但書を本件農地の長期賃貸借に準用した法令違背である。

一、民法三九五条但書は、農地の長期賃貸借に準用されない。

一般論として民法三九五条但書は、短期賃貸借と抵当権との調整を図る趣旨のものである。短期賃貸借保護の要請から、抵当権者、競落人は抵当権設定後の短期賃貸借に本来は対抗しえないところ、但書において一定の要件をもとに例外的に短期賃貸借の強制的解除を定めているに過ぎない。

抵当権設定後の、長期賃貸借は本来的には本条とは係りがないものである。抵当権者、競落人は抵当権設定後の長期賃貸借に対抗できるから、その長期賃貸借は何ら抵当権者に損害を与えないからである。もし、抵当権者に損害があるとすれば、それは事実上の損害であり、民法三九五条但書にいう法的な損害ではない。

民法三九五条の但書にいう損害は、抵当権者、競落人が対抗しえない短期賃貸借権が存することによつて生ずる損害である。即ち、対抗しうべき長期賃貸借権が存することによつては、抵当権者、競落人に法的損害は本来生じない前提になつている。

二、農地の評価と長期賃貸借。

農地の場合は、競落人となるべき者が農業者に限定されるから、その評価にあたつては特殊性がある。即ち、競落しようとする者にとつて、畑の場合は耕作に適するかどうか、日当たり、方角、土質、水はけ等はどうか、運搬の難易、農道、公道等との距離関係、更に農産物の価額との対応関係等が最も問題とされるといつた特殊性がある。

従つて、地目は農地でも、現況が休耕地とか荒地の場合より、手入れの行き届いた管理されている農地の方が評価は高い。そこには所有者が耕作するか、他人が賃借して耕作するかの要素は殆ど問題にならない筈である。競落人に対抗しえない長期賃貸借権の存在は、農地の評価に尚更影響はない。

三、抵当農地の長期賃貸借の否定は、長期、短期問わず全ての賃貸借の否定に通ずる。

抵当権の設定されている農地を、所有者が他人に長期に賃貸することが抵当権者に損害を与えるとして、その賃貸借関係を強制的に解除されるとなると、抵当農地の賃貸借は許されない結果を招来する。抵当権者に法的損害を与える短期賃貸借も、法的損害を与えない長期賃貸借も覆される理屈になる。

しかし、現実に抵当農地が他人に賃借され、農業委員会がこれに許可を与えているのが実態であるから、その利用関係をことごとく否定される影響は大きく、本来対抗しうる賃貸借まで安易に解除を認めるべきではない。

抵当農地の賃貸借がことごとく否定されると、農地法にいう耕作者の農地取得の促進、耕作者の権利保護、耕作者の地位安定、農業生産力の促進を図るという、農業保護の趣旨にもとるばかりか、賃借人の生活権まで脅かすことになる。

四、買受適格証明制度。

農地法の買受適格証明制度が競売手続に対し、一定の制約を加えているのは、農業保護、農地保護の立場が優先されていることを示す。

農地の競売手続においては、当該土地に賃貸借が存しない場合でも買受適格証明書を得て競売手続に参加することになるので、買受申出人は限定されている実情にある。

このように農地競売の市場が狭められているのは、何も利用権が存するか否かと関係がなく、ましてそれが長期か短期かということとも関係なく、農地特有のまた買受適格証明特有の問題である。

五、準用の弊害。

農地法が競売手続に対して加えているこの本来的制約を、民法三九五条但書の準用によつて取り除こうとすること自体、かえつて多くの問題を引き起こすことになる。

先ず、一般法たる民法をその特別法たる農地法に優先させる結果となる。農地についてだけ利用権より価値権を絶対優位に置く理由が果たしてあるのかということ、農業保護、農地保護の立場が金融資本により安易に覆されること、この種の係争、訴訟が増加すること、賃借農地の競売手続が長期間事実上停止している事態を招くこと等である。

以上、一乃至五に述べたように、原判決には民法三九五条但書を長期賃貸借に準用した法令違背がある。

第二 原判決には、判決に影響を及ぼすべき最高裁判所昭和六三年二月一六日の判例の違背がある。

一、右最高裁判所判決は、民法三九五条但書が抵当権者、競落人に対抗することができない短期賃貸借であつても「抵当権者に損害を及ぼすとき」には、その解除請求できることとの対比において、長期賃貸借の場合でも「損害が及ぶときに限り」民法三九五条但書の準用を認めたものである。

即ち、その準用に当たつては次のような歯止めがかけられている。

<1> 「競売手続上農地の賃借人の地位が重視され、所轄農業委員会等により、当該賃借人(小作人)以外の者に、競買適格証明書を交付しない取扱いがされているため競買申出人が、右賃借人(小作人)に限定される」こと、<2>「この点において実質的には、あたかも右賃貸借が抵当権者に対抗することができるのと同様の状態をもたらす」こと、<3>「その結果、抵当権者に損害が及ぶときに限る」として絞つているのである。

二、前記最高裁判決も、抵当権設定登記後単に長期賃貸借が設定されただけで、直ちに抵当権者に損害が発生するものと結論付けているわけではない。前記一、の<1>、<2>、<3>の歯止めの要件を本件農地の場合に具体的にあてはめて行くべきである。

ところが原判決は、民法第三九五条但書にいわゆる「賃貸借が抵当権者に損害を及ぼす」場合とは、賃貸借が存するために、抵当物件の価額に減少を来し、抵当権者がこれによつて十分な弁済を受けることができなくなることを言うとする。即ち、賃貸借の存在と損害発生との間に因果関係が必要ということになる。

右の解釈に従う限り、単に被担保債権を満足させ得ないというだけの理由や、適正な市場価格で競落されないとか、最低競売価格で競落されやすいとの理由だけでは直ちに損害を及ぼすとは言えないという結論になろう。なぜなら被担保債権を満足させ得ないとか、適正な市場価格が形成されにくいとか、最低競売価格で落札されることが多いなどの現象は、利用権の存しない農地の競売手続においても、買付適格証明制度の故に通常みられる現象である。農業保護の故である。

三、本件農地の評価額は、当初の競売手続(鹿児島地方裁判所川内支部昭和六一年(ケ)第一二八号)のときから、そもそも被担保債権額を下回つていた。

従つて、本件長期賃貸借が設定されていなくても、評価額は既に被担保債権を下回つている。本件長期賃貸借の存在の故に法的損害が生じたとの因果関係はない。

原判決は一方では民法三九五条但書の解釈において、賃貸借の存在と損害発生との間の因果関係が必要であるとの解釈を示しながら、このような本件の場合も因果関係ありと判断している。

四、更に原判決には、対抗しうべき長期賃貸借が存することによる事実上の損害も、対抗しえない短期賃貸借が存することによる法的損害もひとまとめにして、民法三九五条の法的損害と扱つている。

このように賃貸借の存在とは因果関係のない、かつ事実上の損害も、全て抵当権者に損害を及ぼすものとして一般法優先、金融資本優先、特別法否定、利用権否定の解釈をとつているというべきである。

五、原判決においては、本件長期賃貸借が存する場合と、存しない場合とでの鑑定評価の差による法的損害の証明もなく、かつ本件長期賃貸借がもし存しないとすれば、評価額の低減がなかつたであろう。あるいは被担保債権額を満足させ得たであろうとの因果関係の証明もない。

以上原判決は、前記最高裁判所判決を誤つて解釈適用しており、破棄されるべきである。

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